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学芸会で僕が何か成長したとは思えない。
学芸会。ただ僕は先生の言われるままに物事をその場しのぎでやっただけである。
できるだけ負担が少なくなるように係りや役員を選んだ。
だが、目立ちたがり屋の僕は、台詞の多い役を選ばざるをえなかった。
僕には、何故学芸会をやるのか、今でも疑問に思っている。
必死に準備し、怒られない程度にサボり、
早く帰るために必死に後片付けをやって終わりである。
ただ終わった後、疲労と親戚がとった写真が残るだけである。
みんな作文には、○○の力を得たとかを書いてるかもしれない。
しかし僕にはそれが本心には思えない。
みんな、どうやったら楽に作文を終えることができるか必死なのに違いない。
話は変わるが、今年の学芸会も戦争やら平和やら環境についてが多かった。
僕には、今の世の中がこれ以上平和になるとは思えないのだが、どうだろうか。
他国のひとには悪いが今が人類の歴史の中で一番平和じゃないのだろうか。
平和の尊さを、学芸会で訴えたからって、何か変わるのだろうか。
戦争は武力行使という名前に変え、結局戦争は起こってしまったじゃないか。
学芸会をやって僕は何も変わってなんかいない。
怒られないように、後で楽ができるようにと、その場をしのいできただけである。
学芸会で僕がなにか成長したとは思えない。
学芸会なんてなくてもいいのではないだろうか。
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文法の誤りや、表現方法の幼稚さが目に見えて分かります。
ネタだと思って多めに見てやってください。
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