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『佐藤と僕』

 僕は今、初めて人が死ぬ瞬間を目にした。大きなトラックが僕の目の前で横倒しになっている。そして、トラックの下には知り合いの佐藤。まったく、僕には金だけでなく運も無いようだ。つくづく思うのだが、死というものはとても不思議なモノだ。ついさっきまで、会話をしていた佐藤が、今では辛うじてヒトとしての形を保っているだけの肉塊だ。透きとおるような真っ白な肌が今では血に染まり、赤と白のアンバランスさが、まるで現実ではないかのような雰囲気を持っている。
 青いトラックのボンネットには大きな凹み。そこには所々に血がついていて、見ていて、本当に気分が悪い。三日前、この肉塊に見惚れていたのかと思うと、佐藤には悪いが、反吐が出そうになる。トラックの剥げた塗装が事故の大きさを物語っている。そりゃそうだ。あれだけ不快な轟音があったのだから。
 北からの冷たい風が顔にあたり、小雨が降っていたことを思い出す。まだ買ったばかりのジーンズが水を吸って、重くなっている。だんだんと現実から離れていく僕を警官が呼び止める。ふと振り返ると、三台のパトカー。けたたましくサイレンを鳴らしているのだろうけど、僕の耳までは届かない。警官の質問にも上の空。
 あぁ肌寒い。夕方は結構冷え込むようになってきた。もう、冬が近いのだろうか。この狭い路地裏も今では血の海だ。いや、正確には朱い水溜りが狭い範囲で広がっているだけなのだが。
 僕は自分が涙すら流していないことに気づく。僕にとっての佐藤は一体どういう存在だったのだろう。自分でも分からないなんて、僕はどれだけ自分を知らずに生きていたんだろう。そう思うと、虚しくなってくる。
 僕とトラックの周りを沢山の人々が囲んでいることに気づく。僕が感じているよりは騒がしいのだろうが、僕の耳にその他大勢の皆さんの声は届かない。警官が僕を呼んでいる。
 僕はすこしづつ、トラックに…トラックの下の佐藤に、近づいていった。


 佐藤と初めて会話をしたのは、三日前のこと。今年、佐藤と同じクラスになったのだが、十一月まで一度も会話をしていなかった。僕は彼女と会うまでは、毎日あくびをしながら黒板に書かれた文字をノートに書き写すだけの退屈だが、とても平和な生活をしていた。
 三日前の朝。僕はいつも通り教室へと繋がる階段を上がっていた。朝だからか、階段は薄暗く、視界が狭い。その日は前日に新調したジーンズをはいて多少かっこつけていたのを良く覚えている。
 突然、佐藤は空から降ってきた。
 僕の鼻の先を佐藤がかすめる。一瞬、光沢のある黒くて長い髪がなびいているのが見えた。匂いを嗅げば、心地よくなったであろう。痛々しい音をたてて、佐藤は僕の目の前に転がった。
「おい大丈夫か。」
 当然僕は声をかける。下に転がる佐藤を見下ろし、僕は見惚れていた。白く抜けるような肌が相反して黒いセーラー服から飛び出し、際立って見えた。同じクラスになったときから、可愛い奴だなとは、思っていなかったわけではないが、こうやって間近に迫ると、彼女のいる空間だけまるで空気が違うように感じた。いや、見惚れている場合ではない、彼女は今落ちてきたのだ。上の階から直接落ちたのだろう。佐藤の体が心配だ。
 が、僕の心配をよそに彼女はすぐに起き上がると、口を開いた。
「…左腕は折れたわね。こういうときはあなたが助けてくれるもの思っていたわ。」
 何の冗談だろうと、一瞬思ったが、どうやら佐藤はこういうヒトらしい。よく思い出せば、佐藤は学級でいつも孤立していた。まるで、自分を外界から隔てるバリアでも張っているようだった。佐藤はすくりと立ち上がると、さらに続けた。
「こうやって話すのも何かの縁だわ。一つお願いがあるの。聞いてくれるかしら。」
「お…お願い…ですか…。」
 何故か僕は敬語で話していた。佐藤の突飛な会話と、偉そうな態度によるものだと思う。
僕はお願いがなんであるのかを聞き返した。
佐藤は歩き出す。僕もそれにあわせる。
「なに、簡単なことよ。筑紫先生を殺して欲しいの。」
 僕は立ち止まった。佐藤と会話してしまったことを心から後悔した。前もって簡単なこととか、言っている節がいやらしく思う。僕は慌て、話題をすりかえた。
「で、何で佐藤さんは落ちてきたんですか」
「いつも、何か考えるときは柵にもたれるのよ、私。」
 佐藤はそういうと、真上の柵を指差す。そういえば、毎朝、そんな光景を見ていたようなきがする。僕はさらに質問した。
「何を考えてたんですか」
「筑紫先生を殺す方法」
 話を摩り替えたつもりだったのに、元に戻ってしまった。質問の内容を間違えた事に気づく。もう少し良く考えてしゃべるべきだった。僕と佐藤は同時に教室に入った。
 筑紫先生は僕達の担任の先生で、歳は五十くらい。考えが古いのか、時たま、亭主関白のような発言をすることがあったが、至って普通の先生だ。なぜ佐藤が筑紫先生を殺そうと思ったのか、僕にはわからなかった。
 教室で、佐藤はやはり孤立している。誰もが、朝のこの時間は気の合う人と会話を楽しんでいるというのに、佐藤は一言も話さない。
 たまに話し掛けられても、「そうね」と流すだけだ。
 放課後、帰り道。めずらしく、佐藤が僕に話し掛けてきた。
「で、返事は。」
 いきなりだったので、驚いたが、どうやら殺すか殺さないかの返事らしい。とにかく、僕は理由を問う。すると、意外な答えが返ってきた。
「姉を…殺されたの」
 僕は驚きを隠せなかった。しかし、さらに続けて質問をすることは出来なかった。普通なら嘘だと思うのだろうが、僕にはそうは思えなかったのだ。彼女の静かな喋り方が僕を金縛りにでもしたかのように拘束する。
 佐藤の姉、加奈子は数日前に失踪している。その事は新聞にも小さくとりあげられていたので、僕も知っている。それから加奈子は学校の近くの森で死体で見つかったらしい。
 それから数日後、佐藤の元に手紙が届いたそうだ。「次はお前を殺す」と。そして手紙が入っていた封筒の中には写真が同封されていたらしい。
 これが真実だとすると、犯人は非常に間抜けだ。自分を捕まえてくださいと言っているようなものだ。
 佐藤は、写真を僕に見せてくれた。筑紫先生と、佐藤に良く似た人物の死体が写っている。筑紫先生がこんなことをする人間には思えない。それに、こんな決定的な犯行の証拠となるようなものをわざわざ、被害者に送りつけるほど、頭が悪いとも思えない。
 そして佐藤は僕の動揺を見抜いたように言った。
「で、殺すの?」
 だんだんと、言い方がストレートになってきている。そんな佐藤が微笑ましくて、僕は笑みを浮かべた。佐藤はそれを了承の返事だと思ったのか、目を見開き、輝かせた。二重の黒真珠のような瞳が、僕を見ている。僕は自分の体温が上がっていくのを感じた。
「いや、殺さない。」
 だが、現実は甘くない。僕ははっきりと断った。佐藤が嘘をついているようには思えないが、そこからなぜ、殺すということに繋がるのか分からない。佐藤は不機嫌そうな表情をした。
「じゃあね、また明日」
 どうやら佐藤は明日も僕と会話したいらしい。今日は、これで会話を終え、佐藤と別れた。佐藤は一体どういう人物なのだろう。他人にここまで興味を持ったのは初めてだった。
 次の日の放課後、校門から学校を出ようとしたとき、佐藤は駆け寄ってきた。とにかく、彼女を説得せねばなるまい。心のどこかで、佐藤との会話が無くなってしまう事を恐れていたのだろう。その恐れは、佐藤への好意を表すことを僕は自分でもしっかりわかっていたつもりだ。とにかく、佐藤が何か言う前に僕が先に釘を刺すつもりだ。
「佐藤さん、とにかく、筑紫先生を殺したりなんかしませんよ。もし、姉を殺したのが、先生だったとしても、先生を殺してしまっては、僕達も犯罪者です。佐藤さんが脅されているのなら、警察に相談すれば良いんです」
 僕はゆっくりと歩きながら、熱弁を振るった。佐藤さんは僕の隣を歩いている。これだけ言っても、佐藤の答えが変わらなかったら、もっと時間をかけて説得をするつもりだった。つまり、僕は佐藤が僕の言葉を聞いても、すぐに反論するだろうと思っていた。
「あなた、馬鹿ね。先生の寝込みを襲うとでも思っていたの?」
 何の事だろう。僕は分からなかった。
「返り討ちにするのよ。」
 言葉の意味を僕は瞬時に理解した。僕が思っているほど、佐藤は愚かではないということだ。つまり、殺されそうになれば、殺してやるということだろう。
「…じゃあ、先生が襲い掛からない限り、佐藤さんは何もしないし、僕にも何も求めないということですね。」
 僕は念を押し、佐藤に確認をとった。
「いや、そういう訳にもいかなくなってきたのよ。」
 佐藤はそう言うと、おもむろに学生鞄から、茶色い封筒を取り出した。さらに、封筒の中には、手紙が入っている。そして佐藤は読み上げ始めた。
 手紙には、「言う通りにしなければ、家族を殺す」というような脅し文句に、「明日、午後六時に学校裏の森へ来い」という要求が書いてあった。学校裏の森は、加奈子が死んだ場所である。どうやら犯人は佐藤をこの場で殺したいらしい。
「ねぇ、佐藤さん、これ、本当に犯人が書いたんですかね?」
 どのように考えても、この文が犯人の書いたものだとは思えない。幼稚すぎる。
「私だってそんなこと分からないわ。」
 そりゃそうだ。佐藤は犯人ではないのだから、犯人の心理など分からない。では一体どうしたいのだろうか。多少、僕は苛立つ。
「…好奇心よ。面白そうだから、行って見ない?いっしょに。」
 成る程。よく分かったよ。佐藤の真意と、彼女が僕の考えをほぼ完璧に読んでいるということが。佐藤には、僕は敵いそうに無い。明日は土曜日だ。午後に学校で待ち合わせをすることを佐藤と約束をし、この日は佐藤と別れた。
 僕はベッドに横たわると、一人考え事を始めた。この日、佐藤に自分は関係ないという話をしても良かっただろう。でも、僕はそうするつもりはない。佐藤のことを好きになってしまったのだから。彼女の白い肌と黒くて長い髪を思い出しながら、僕は眠りについた。

 午後五時。約束の時間。僕が学校で佐藤を待つ。黒いジャンパーに新調のジーンズ。多少、オシャレには気を使ったつもりだ。ただ、ジャンパーのポケットには、普段絶対に使わないものが入っている。折畳式の、果物ナイフ。台所にあったものを、親にだまって持ってきた。当然、護衛用だ。もし万が一、筑紫先生がいたら、殺されてしまうのだから。
 十分後、佐藤は現れた。学校指定のジャージを着けている。よく考えれば、僕たちはこれから森に入るのだった。
「あなた、これから森に入るのよ?」
 佐藤はまず最初に、痛いところをついてきた。遅れたことを謝れコノヤロー。心の中でつぶやくと、僕は苦笑いを浮かべながら、森に向かって歩き出した。
 森の中は不快なもので、虫がとても多い。のびきった草木がとても、わずらわしく、木によってできた影により、肌に刺さるような寒さだ。日はもうじき沈む。佐藤が懐中電灯を持ってきていて助かった。僕が、何も持っていないことを言うと、佐藤はあきれたように、嫌味を言った。本当は、ナイフを携帯してきたのだが。ナイフなど、使わないほうがいい。使いたくはない。
 三十分程で、すこし開けた場所に出た。木が折れており、この部分だけ傾きかけた日が差している。ただ、血痕が土に残っており、ココが殺害現場であり、待ち合わせ場所であるということが良く分かる。
 土が盛り上がったところに、佐藤は腰掛けた。
「ちょっと、早く来すぎたわね。」
「先手を打つにはちょうどいいんですよ。」
 僕は木にもたれ掛かると、冗談を言ったつもりだったが、佐藤はどうやらその冗談を本気と捉えたらしい。その後、僕たちに会話は全くなく、静かな時が流れた。遠くで水の音がする。どこかで、雨によって溜まった水がながれているのだろう。この音だけを聞いていれば、とてものどかな気持ちになる。夏の夕方の、蚊取り線香のコマーシャルの中に居るような気分だ。そのためか、それが不自然で、何か嫌な予感がした。
 草が揺れる音がする。何者かが近づいている。僕たちは相変わらず何もしゃべらない。緊張がこの小さな空間を流れていることが良く分かる。すこしずつ音は近づく。僕はまさか、本当に誰かが来るとは思っていなかった。できれば、是非、誰かの悪戯であって欲しい。ここまで手が込んでいれば、陰湿極まりないが、犯人が出てくるよりはずっといい。よく考えれば、もし犯人が出ても、筑紫先生でもない限り、それが犯人だとは分からないかもしれない。僕の頭はフルに回転する。周りの地形を見て、もし襲ってこられたらどこに逃げれば良いのか考える。もし、もし、もし。さまざまな事を仮定し、シミュレートする。
 僕たちの前方から、男が現れた。
「やぁ、お二人さん。」
 筑紫先生だ。先生がこのときばかりは、とても大きな存在に見えた。正直、僕は自分の目を疑った。本当に、あの、幼稚で愚かな脅迫状が、筑紫先生のものだっただなんて。その瞬間、佐藤が傍らにあった、あまり大きくは無い岩を持ち上げる。そして、一メートル程前方にいる、筑紫に襲い掛かった。華奢な白い腕に血管が浮き出る。佐藤にはそれなりに重たいのだろう。筑紫はさっと身構えた。
 僕は全力で後ろから佐藤を押さえ込んだ。
「バカヤロウ、いきなり襲い掛かるだなんて……」
「何よ、先手を打ったまでよ」
 僕の体の下で、佐藤はうめく。僕は筑紫の方を見た。彼は、笑っている。ガマガエルのような、鳥肌の立つ笑顔。僕は佐藤の体を起こし、しっかりと掴まえながら、筑紫から少しずつ離れる。筑紫は何か言う事も無く、僕らの方を薄気味悪い表情で見つめている。とにかく、僕は筑紫に声をかける。
「先生、どうしてここに」
「いやだなぁ、分かっているんでしょう」
「……先生が加奈子さんを殺したんですね」
「フフフそうだよ。そうですよ……」
 佐藤が口をはさむ。
「どうして………」
「俺はね、彼女にハメられたんですよ。彼女のせいで、俺はセクハラ扱いに………」
 筑紫はひたすら喋り続ける。加奈子への復讐の念について。そして殺した状況、様子、感情。筑紫が一呼吸置いてから、僕は筑紫に質問をした。僕にとって、筑紫の話などどうでもいいのだ。
「何故、佐藤さんに、脅迫状を?」
「反応をォ見たかったんですよォォ!まさかね、俺を殺すとかいう算段を立てるとは、面白かったですよ。」
「…そんなことしたって、先生が警察に捕まるだけじゃないですか!」
「君に、何がわかるっていうんですか!加奈子が最期に言ったことがなんだったと思いますかァッ?妹には手を出さないでだってよ……。ならば、妹とやらをとことん苦しめてやるのが、一番加奈子にとってはつらいと思わないですかい?」
 筑紫が物凄い早口で、べらべらと喋る。僕には結局のところ、彼が何をしたいのか分からなかった。ただ、二つ分かったことがある。第一に筑紫は狂っている。第二に、このままでは確実に殺される。僕は何も考えず、ジャンパーのポケットの中の、ナイフを握り締めると、筑紫に投げ、僕は筑紫に向かって駆け出した。筑紫は一瞬、本能的に身を翻そうとしたが、ナイフが飛んできたということを理性が信じずに、結局のところ動かなかった。やがてナイフは筑紫の腕をかすめ、地面に落ちる。僕は動揺する筑紫に体当たりを食らわせ、筑紫は地面にうつ伏せに転がった。そして、その隙にナイフを拾い、筑紫を上から押さえ込む形で馬乗りになった。
 僕はナイフを振りかざし、一瞬佐藤の方を見る。佐藤の顔が綻んでいる。佐藤は今のこの状況を望んでいたのだろう。僕が彼女の代わりに殺人を犯すということを。
 僕も微笑を浮かべる。そしてナイフを振り下ろした。
 突然のことに彼は驚いていたのだが、声は出ない。筑紫の背中にはナイフが刺さっている。僕は怖くなり、佐藤のいる空間へ戻る。
 筑紫は控えめに吼えると、そのまま動かなくなった。僕は佐藤の隣に立つ。その時の佐藤の横顔は怪しくてとても艶やかだった。
 僕は一言、気分が悪いとだけ言った。佐藤は満足げな表情を浮かべて、帰りましょうと言った。
 僕は完全に佐藤に利用されただけかもしれない。でも、それでもいい。そう、思えるようになっていた。
 帰りの森の道。辺りは真っ暗で、懐中電灯の光だけが唯一の道しるべだ。
「明日、どこかで待ち合わせない?」
 佐藤は僕の前を歩きながら、喋りだす。突然口を開いたので、僕は少し驚く。彼女の提案に僕は頷いた。
 やがて、森を抜け、僕と佐藤は別れた。一度だけ振り返り、佐藤の後姿を見ると、とても愛しく思えた。

 次の日の朝。森から出て徒歩五分の位置にある公園。天気は曇り。昨日約束した、待ち合わせ場所だ。早朝のためか、薄暗い上に、誰も居ない。
 今日は佐藤が少し先に来ていた。何故か、佐藤がギブスをはめている。僕は佐藤の腰掛けているベンチに並んで座った。昨日の気分の悪さもすっかり無くなり、何故かとても晴れ晴れとしている。
「佐藤さん、ギブスなんてはめちゃって、怪我でもしたんですか?」
「馬鹿ね。三日前覚えてないの?」
 よく思い出せば、佐藤は三日前に階段から落ちていた。佐藤は昨日、病院に行ったらしい。それまで行かなかったのは、病院では筑紫が襲ってきても反撃できないから、だとか。
「結局、あなた人を殺しちゃったわね。」
「アレは、その場の雰囲気。」
 僕は嘘をついた。筑紫に対し、殺さねばならないと思ったからだ。殺さなければ、殺される。戦時中、人が人を殺す理由を理解したつもりになる。。
「とにかく、今度は先生の遺体をどうするかだわ。」
「あのさ、どうしようも無いと思うよ。警察は君が思っているほど無能じゃない。」
 僕は自分が敬語を使っていないことに気づく。もう、佐藤に対する距離感はなくなっているらしい。昨日のことで、秘密を共有したつもりにでもなっているのだろうか。僕は自分の素直さにあきれた。
「別に死体を隠すわけじゃないわよ。どういたぶってやるか考えてるの。まさか、土葬するとか言わないわね?今更善い人ぶっても、どっちにしろ、私達は捕まるわ。」
「何だ、分かってるじゃないか。」
 僕達はこんな会話をしばらく続けた。まったく、三日前のあの日、佐藤と遭ってから、僕はどうかしている。……やがて、時間はゆっくりと経過する。日が完全に昇っている。太陽がまぶしい。
「今日はコレで帰るよ。」
 僕は突然そうつぶやき、立ち上がった。
「なに言ってるのよ。まだ話は……」
 僕は腰をあげると、すこしはなれたゲートに向かう。しばらくして、佐藤も追いかけてきた。僕は扉をあけ、少し早足に路地裏駆ける。佐藤も、何か文句を言いながら、僕に追いつこうと足を速める。僕のちょっとした悪戯心。たまには佐藤にアッと言わせてやりたい。僕の向かっている場所は、警察署。僕は自首するつもりだ。罪悪感からかもしれないけど、特に理由は無い。ただの気まぐれ。
 佐藤は、明るくなった。少なくとも、数日前までのイメージとは違う。僕は嬉しくなり、ひっそりと微笑む。これが、幸福と言うものなのだろう。筑紫を殺したことが、今の僕の自信に繋がっている。また、自分の素直さにあきれた。僕は自分がもう少し、オトナだと思っていたのだけれどなぁ。
 僕が幸福に浸り、最高の心地好さを感じているときに、背後で不快な轟音が響いた。まるで、何千人もの人々がガラスを爪で引っ掻いたような音だ。そして、何かにぶつかるような、重い音。
 当然、僕は振り返った。

 すぐうしろに居るはずの人が居ない。
 あるのは巨大なトラック。
 僕は嫌な想像をし、すぐに振り払った。でも、振り払い切れない。僕は少し大きな声で、佐藤を呼んでみる。返事は無い。想像は予感に変わり、やがて確信に近づいていく。
 僕は空を見上げて、いろんなことを考えた。小雨が降ってきている。まるで、空も泣いているようだ。僕はすべてを失ったのだろうか。
 やがてパトカーが駆けつける。群がる群衆、声をかける警官。今の僕にとってはどれも他人事。
 完全に別の世界に移ってしまった僕を、一人の警官が呼び止めた。警官がトラックの方向を指差しながら、僕に質問する。僕が小さくうなずく。佐藤は、辛うじて、まだ生きているらしい。
 僕はすこしづつ、トラックに…トラックの下の佐藤に、近づいていった。

 佐藤はトラックの下敷きになり、胸より上部の部分だけを、コンテナの下から覗かせていた。佐藤は申し訳なさそうに笑う。
「ごめんなさいね」
 そして謝る。声がかすれている。僕の知っている佐藤の透き通った声は二度と聞けないだろう。
「ごめん」
 そして僕も謝る。佐藤が苦しそうにクスリと笑った。僕も静かに笑みを浮かべる。わずかな時間、沈黙が流れた。周囲の群衆も静かにしているように思えた。
「私がね……、どうしてあなたに、あんな無理なお願いしたと思う?私も……あなたのこと嫌いじゃなかったのよ」
 佐藤は言い残すことが無いようにと、声を絞りだしている。ひざを曲げ、佐藤に顔を近づける。
「最期に、お願い、聞いてもらえるかしら?」
 僕はうなずいた。
「私、貴方の名前、知らないの。」
 全く、佐藤という奴は。最後の最後まで、気が抜けない。普段の僕なら、ここで噴出すのだろうが、今はそういう気分じゃなかった。
「神崎ロラ…結構、珍しい名前だから、覚えてくれていたものだと思っていたよ。」
 佐藤が、涙目になっている。佐藤でも、こんな表情をするだなんて、以外だった。
「佐藤さん、僕のお願いも一つ、聞いて欲しい。」
 僕は佐藤がうなずくのを確認してから、しゃべりだす。
「実は僕も、佐藤さんの下の名前、知らないんだよ。」
 佐藤は、また苦しそうに笑った。おかしくて、おかしくて、仕方が無いらしい。自分でも喋ってて、噴出しそうになる。
「サトウ…ナツキ。」
 そう喋ると、佐藤夏希は声が出せなくなった。口だけがパクパクと動いている。佐藤が、血で湿った手を僕の顔にあてる。僕も佐藤の頬にそっと手を添える。
 僕は顔をさらに近づけた。重なる、唇と唇。
もっと早く、話し掛ければ良かったと後悔する。ゆっくりと、佐藤は体温を失っていく。僕の頬を水がつたう。小雨は、いつのまにか、大雨に変わっていた。

 僕は、そのまま警察に連れてかれた。任意同行とかいうやつか。夜までいろいろと調書を取らされたあと、家に帰れたのは深夜だった。
 僕はそのまま部屋にこもった。佐藤の冷たい唇の感触が思い出される。もう、僕は死んでもいい気がしていた。明日は学校。とりあえず、学校に行くことにする。自首は、取りやめ。そんな気分じゃなくなった。

 学校の教室。佐藤の机の上に菊の花。誰も、涙を流しているものは居ない。佐藤の存在がどれほどこの教室で稀薄だったかよくわかる。
 やがて、チャイムがなり、そろそろ担任の先生が来る時間帯だ。後任の先生は誰になるのだろう?僕は机に顔をうずめた。
 扉の開く音がした。僕の学校は結構古いので、扉からはそれなりにうるさい音が聞こえる。僕は顔をあげた。
「ほら、席につけ」
 聞きなれた声がする。僕は目を疑った。教壇の前には、腕と胴に包帯がまかれた、筑紫が立っている。生徒がざわつく。筑紫に質問を投げかける。
「なぁに、ちょっとうっかりな」
 筑紫はそう言うと、僕の方を見た。僕は笑顔で睨み返す。これから、あと何ヶ月か。楽しい学校生活が始まりそうだ。

管理人(作者)からのメッセージ


最後まで読んでくれて有難うございます。
感想・批評など頂けたら嬉しいです。
さて、主人公のロラ及びナツキは製作停止中のゲームMAZEのキャラクターです。
彼等の「生前のストーリー」という意味で作りました。

基本的な文章作法が未だになっていないうえに、
文章力・比喩表現が乏しいために、悲惨なことになりました。
もっと勉強が必要ですね。

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